2025年の振り返り、出来事ベースにゆるゆると。
一月。松ヶ崎駅、下車。年末に丸めた頭が冷たい。共通テスト前なのに帰省してわざわざ剃った。京都工芸繊維大で共通テスト受験。吐きそうになりながら自己採点。今でも手が震える。余韻でだらだら自習室で読書していたら時が過ぎる。単調で区別のつかない日々。高校同期と通話して孤独を紛らわす。
二月。二次試験が近づくにつれ体の芯が小刻みに揺れる。えずく心と裏腹に勉強は捗らず。私立を受けるついでに、現役で関東に行った高校同期と神保町で本屋を巡る。このときのがまだ部屋に積まれている。二次試験前日、私立に受かり、緊張で踏み入れられなかった左京区をぐるぐるする。当日昼休み、総人広場、折田先生像とタテカンにはしゃぐ衆生をシニカルに眺め「ナイン・ストーリーズ」を寝ながら読んでいた。人と違うからね。なんせ五完一半だし。ページはあんまり進まなかった。荒む心はかえって虚栄に転じて、でも体の方は勝手だから、貧乏ゆすりは激しくなって、独り言ばかりが板についた。京都駅で乗り換える、医学部受験帰りの高校同期に会いにいったら、どんな風に話してたっけ、とても困った。
三月。もう一年もイズミヤ堀川丸太町店半径100m以内を生活圏に、すっかり抜け殻になってしまって、神社巡りでもするかなと、半径を2000m程度に拡大。こぢんまりした神社を狙い撃ちにする。帰り道、徒歩五分とかからないところに大垣書店があったことを知り愕然。一年も京都に住んで土地勘がない。三月十日。部屋で見るのも味気ないので電車に揺られて遥々伏見へ。稲荷山の頂上は全然景色がよくない。山頂から少し下ったところに陣取って、大きな魚を釣る本を読む。目が滑る。受験は滑らず、るんるんで駆け下りる。その足で神宮丸太町、入寮面接へ。レジュメは一年で一回り大きくなっていた。もにょもにょして当落発表帰省上洛を挟んで新歓へ。指笛ぴゅうぴゅうしか能がなかった。
四月。「今後の予定」を参照すると速やか。人あったかい。飯うまい。友達ができる。思い付きをメモする回数が減る。開示届いた。五完もなかった。ゴールデンウィークまでにはこういう話をやめようと誓った。サークルの新歓にはほとんど行けなかった。
五月。寮のイベント暮らし。パスタを茹で屋上で読書する。翌日初めて徹夜する。じゃんけんに勝ったので、初めて軽トラの荷台に乗る。大学では超電導を見た。液体窒素で花を凍らせると、ぼろぼろ崩れた。新歓にいけずワンゲルに落ちた。あと盆踊りした。知らない曲ばかりだった。
六月。基礎固めの四月五月を経て、生活に身が入らず、寮の半径100mを縄張りにする。池の淵で奇声をあげる。二倍役満を上がり損ねる。暑くなって鴨川を泳ぐ。浅いので背中をこする。六月二十日。夜通しマイクを持って右往左往。梅雨が去る。梅雨追撃。みんな輝いてた。肩組んで揺れた。たぶんこのあたりで独り言癖を指摘され、愕然。イベントもなくなってきて、誤魔化していたメンタルが上下。
七月。久しぶりに登山した。寮祭実が立ち上がる。猫をパトカーにおいこむ。祇園祭でりんご飴をたべ、帰ってきて蝉をたべた。積乱雲が立ち上がる。このころから眠れずに深夜、散歩へ行くことが増えた。三条商店街を駆け抜け、角を曲がるたび膝で体を支える。櫓で麻雀を打つ。そんなわけだからテストで大変苦労する。のらりくらり躱す。キャンパス情宣。ひどい酔っ払いに感情を強制される。
八月。夏休みだ。宝ヶ池にかぶと虫を採りに行く、サンダルに石を挟む。連れだって巨大なパフェを食べに行く。器のクリームを流し込む姿が、トロフィーにキスするテニス選手に見えると誰かが言った。狂奏祭の準備が本格化する。駐輪場にホールをつくる。疲れて、人がビニールひもを張る横で、シャボン玉をふかしていた。このころから仕事と価値の結びつきが強くなる。大吉山を登って、高校生に虹色のお兄さんとして認識されながら、レポートをやっつけた。怒涛の日々と音楽がひと段落して、予定のない自分に耐えられなくて、改悪後の18きっぷでちょっとした旅に出る。恒常性が悪い方向に固定されてしまったので、夜通し歩いて出発。同窓の家を渡り歩き、旧交を温め、さびれた温泉街に旅情を感じる。実家を折り返し地点に、親友と古着屋を巡る。泊めてもらった彼の部屋は紫色に光っていた。ドクターペッパーしか売っていない自販機の写真を撮った。帰京してすぐ、免許合宿へ移行。教室は変に寒かった。休み時間には健全な汗をかいた。バスから覗いた廃線がきれいで、夜に一人で訪れてみて、でも怖くて歩けなかった。星を観て棚田を望み、足の悪い猫を何度か愛でた。
九月。そわそわしていたら誕生日がきて、川辺へ行って花火をつけた。二十歳になって初めの言葉は、「点かない」だった。向かい岸に等間隔の光があって、街灯だった。翌日無事卒業。帰ってすぐにまつりがあって、うまく歌えなかった記憶ばかりが残る。精進したくなった。ガサが来て追い返した。やっぱり夜に眠れなくて、昼を棒に振ってしまうし、人がいなくなってきて寂しかったので、夜は光る棒を振ることにした。その金でドクターペッパーのジャージを買った。空白期間があった。ようやく人が戻ってきて、暗い道をドライブした。四条の通りかな、信号がたくさん並んでいた。夜景に向かって初めて吐いた煙草はまずかった。けっこう何もかもを忘れていられた。忘れられないこともあって、これは自分にとってかなり大きいことなのだけれど、家族がいなくなった。色々な予定をキャンセルして実家へ戻った。とても居た堪れなかった。久しぶりに見た日本海は記憶と違って、緑色じゃなかった。
十月。棒を振った。これ以来振ってない。寮祭がのしかかって、どんどん腰が重くなってきた。仕方がないので立ち上がって、引継ぎをした。それで満足した。免許を取った。このころからよく、友達の運転する車で銭湯にいくようになる。物理的半径の拡大。学業はどんどん疎かになる。心理的半径の縮小。髪が伸びてきて結ぶようになった。うるさい人とまどマギを見た。白浜で妙にあっけらかんとしているエイを眺めた。時代祭で肩を痛めた。また実家へ戻った。見つかったらしかった。寮祭一か月前になったので、仕事をした。
十一月。初めてライブに出た。精進したくなった。タテカン作業が本格化してきた。Jボードで遊んで、うまく乗れなかったので、ベニヤ板を折りそうになったことが何度かあった。零時を過ぎて銭湯に乗り付ける生活が常態化して、行きつけのラーメン屋が行きつけになったのもこの頃だ。タテカンの色塗りも始まった。人並みに不器用だったので捗らず、アリバイ作り程度になった感は否めない。日々はせわしく過ぎていった。NF がきて、終わって、すやすやしていたら寮祭が始まった。クスノキ前でメールをおちょくったり、絶叫歌唱を響かせたりした。酷い二日酔いをした。
十二月。夢のような時間は続く。浮かれっぱなしで休まることがない。だから多くを語る領域に置けていない。残念でならない。火を囲んだのが最後だった。ここからしばらく余韻とそれに必然伴う喪失感に悩まされて、気づいたら一週間が溶けた。水を吸って重くなった雪を振り払うように、思い出から逃れようとして、喫煙の習慣がついた。クリスマスイブもやってきた。珍しく早起きしたので、朝食を食べた。ぷらぷらしていたら一仕事頼まれた。報酬は干し芋をもらった。買い物にも行けた。パーティーだってした。すっかり沼から抜け出せたようで、またやっていこうという気分になれた。トルティーヤにラップをかけていたらもう年末。で帰省。雪と田んぼのほかはあんまりない。せっかくだから暇に任せて、一年を振り返ってみる。出来事ベースにゆるゆると。

