夜の凧揚げ(白橋つむぐ)

C12文芸部

 9月最終土曜の夕方、那月は隣町の100均に来ていた。きっかけは先週、バイト先の同僚のひとりが、夏休みが終わってしまう前に川辺で花火でもしようと言ってきたことだった。那月もその同僚も出不精で人がたくさん集まる花火大会には行かずじまいだったけれど、闇の中で光る炎を見つめてはしゃぎたい気持ちは抱えていたのだ。悪くないねと二つ返事で乗っかり、共通の友人を一人誘って3人で粛々と花火会をすることになった。

 同僚はバケツを、件の友人は酒と肴を、そして那月は花火とライターを用意することになった。荷物もそんなに重くならないし楽だと那月はのんびりしていたが、気づいたら会は明日に迫っており、慌てて通販サイトで花火を探すも到着が4日先になると表示される始末。面倒くさいけれど自分の足で買いにいかざるを得なかった。手始めにコンビニに行ってみたが置いてない。もう少し遠出して数件コンビニをはしごするけれど、どこにも在庫はない。シーズンオフだから仕方ないと思いつつ、花火の調達が実は一番めんどくさいということに気づかず安請け合いしてしまった自分の軽率さに呆れながら、しかし買わないわけにも行かなかったから、那月は置いてそうな店をしばらく探していた。

 そうこうしてたどり着いた100均で那月はようやっと花火セットを見つけた。残っているのは二袋。少し悩んで一袋だけを手に取った。同じような境遇の輩のために残しておいてやりたくてそうした。レジに直行しそうになったが、ライターを買い忘れていることに気がついて再び店内をうろうろとした。その途中でアウトドアコーナーが目に止まり、そういえばレジャーシートもあると便利かもしれないなと足を向けたとき、やたらとカラフルな色をした凧が那月の目を引いた。

 何となく引き寄せられて凧を手に取った那月は小学生の頃を思い出した。何年生でのことだったかは忘れたが、低学年の時に作った凧を飛ばす授業の時間があった。小学生にしてすでにスカしていた那月は、きゃっきゃ言いながら作り、走り回りながら校庭でそれを飛ばし、絡み合って墜落した凧をみて騒いでいる周囲の人間たちを一歩引いて見つつ、でも自分も混ざりたいから誰か声をかけてくれないかとそわそわしていた。結果としては、目の前の凧にはしゃいでいる者たちが声をかけてくれることもなく、那月がぼんやりと眺めているうちにその時間は終わった。 あの時素直にはしゃいどけばよかったなという気持ちと、でもやっぱり斜に構えていた当時の自分には難しかっただろうなという気持ちとを感じながら、那月は花火セットと一緒に何となく凧を買って帰った。

 日も暮れて、夜。流石にこんな歳にもなって人目につくような時間に凧を持って走る気にはならなかったので、大抵の人が家に鍵をかけ始める時刻を見計らって那月は外に出た。夏も過ぎて夜風が涼しくなってきている。秋の始まりを感じつつ、風があるから凧もよく飛んでくれるのではないかというほのかな期待も抱きながら、川辺へと歩いた。

 灯りもさほどない川辺はひっそりとしていて他に人がいるでもなかった。那月はいそいそと凧を取り出し、右手に糸と本体との繋ぎ目部分を、左手に糸巻きを構えて走った。なかなかうまくいかず、こんなに難しいものだったのかと幾度か試みているうちに、ようやくふわっと浮いてくれた。糸巻きから糸をのばし、高いところで頼りなさげに浮いている凧を見る那月の頬はほのかに赤らんでいた。

 凧を追いかけたり、その場に止まらせたりと戯れるも束の間、大きな怪物がぴゅうと口笛を吹いたかのような突風でバランスを崩した凧はたちまち高い木へと突っ込んでいった。えいえいと引っ張ってやっとのことで救い出したその羽には枝がささってしまったようで、小さく穴が空いていた。まあ100均で買ったやつだし仕方ないさと思おうとするも、那月はほのかに寂しかった。

 しばらく凧を抱えつつぼんやりしていたが、少し冷たい風が吹いて我に戻った那月はごそごそと後片付けをして帰路についた。まあなんだかんだ楽しかったなと歩きながら、ふとライターを買い忘れていることに気がついた。コンビニに寄ろうとしたところで、今自分が抱えている凧のことを思い出した。今日は出直すとしよう。明日の集合前に買うことにして、忘れないようにとリマインダーに「ライター」と書き込んだ。

白橋つむぐ

音楽科の高校をフルート専攻生として卒業。現在は経済学部で社会思想史を専攻している。たまに曲を書く。作品がいろんなところに散らばっているのでそろそろまとめたい。

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