2025年の記憶

C12文芸部

「一年を振り返るなんて無理矢理やん」と嘆きたくなるほどに、一年間に起きたことというのは膨大に思える。それは実際途方もないことだ。そう、例えば、一年はハンバーガーと似ている。パティ一枚一枚が365日の思い出で、それを1月1日と12月31日というバンズで挟む。そして年末の振り返りどきには、そのタワマンみたいなハンバーガーを突然目の前に出されて、「年明けまでに食え!」と脅されているような、なんだかそんな気持ちになるのである。そういう被害者チックな気分をぬきにしても、「今年はこういう一年でした」と綺麗に筋立てることはやはり難しい。それに、なんだかもったいない気もする。お気に入りの怪獣のフィギア・シリーズをとってきて友達に見せたっていいが、ぐちゃぐちゃのおもちゃ箱の中には、まだ積み木もゴムの手裏剣も――それにトミカだって――あるのだ。だから、僕は一年を強いてまとめることはとてもできない気がするし、きっと無理にそうしないでもいいのだとも思う。

前置きが長くなった。じゃあいったい何を書けばいいんだ?一年のまとめにはならないかもしれないが、これだけは書きたいということならある。沖縄の旅だ。6月の末に、僕はまるまる一週間沖縄に行ってきた。友達の家に転がり込んで、中尾の八つ橋ひと箱で一週間も居すわりつづけ(あまりにもひどい)、原付でいろんなところを見て回った。そして、たくさん歩いた。いろんな人と話した。旅は素晴らしいものだった。4月に京都で個人的によくないことがあって、それからなかなか吹っ切れないでいた気分が、旅の興奮でいきいきしてきた。

旅の4日目、僕と友達はとある岬へ行くために北へ向かった。古い原付に不釣り合いな僕のフルフェイスはとても蒸し暑く、友達のジェット・ヘルメットが羨ましく思えた。道中、休憩がてらコザという街に立ち寄った。午後の2時過ぎだった。小さな商店街の通りは緩やかな坂に沿い、店のシャッターや壁は誰かのグラフィティで埋め尽くされていた。年季の入ったアーケードは濃く暗い影をつくり、車道は古びた写真のように白くまぶしい。通りが米兵で溢れかえっていた時代を偲ばせるうらぶれた街だった。僕たちは、クーラーの効いた涼しい店に入った。注文したタコスを待ちながら、僕は午後のニュースを見ていた。本州では梅雨が明けたようだった。

帰ってからも、ときどき沖縄の一週間を思い出す。熱い風や日差しを思い出す。深夜の国際通りを思い出す。摩文仁の海や備瀬の並木を思い出す。友達の家の小さい汚れたユニットバスを思い出す。どれだけ雨が降っていても、海の向こうを見ると遥かな青い空があって、それは時がたてばいつでも自分たちの空になるのだった。とても暑くて気持ちのよい夏だった。自分から遠く隔たったところに思いをはせる場所があるのはいいことだ。来年もどこか旅に出てみようと思う。

赫裸々亭たらく

室町時代でいう数寄者。現代でいうヲタク。水より凝固点が低いビールは、冷凍庫で冷やすと凍る一歩手前の最高の冷たさで飲めるよ、と理学部の先輩に教えてもらったので試したら、ガチガチに凍ってました。

シェアする
タイトルとURLをコピーしました