12月16日(高野豆腐)

とある日のこと

 『ドアを閉めて!イグアナが入ってきちゃう!』
 ホストマザーの叫ぶ声で目覚めた私。
 あ、これは夢じゃない、現実だ。昨日私は、マレーシアのホストファミリーのお家に到着したんだっけ。
 眠い目を擦りつつバタバタと支度し、タクシーに乗り込む。運転手さんは10歳年上のイスラーム教徒。私が日本人と分かると漫画のタイトルを列挙し始める。疎い分野だ。唯一分かったのはワンピース。
 気付けば目的地。初めて伺うお宅……初月忌で多くの人が集う。挨拶を終えた私は祭壇付近で様子を伺う。すると目の前の方が信仰するヒンドゥー教の神々の説明を始めて下さった。故人の弟さんだった。葬制の説明から身の上話まで、気付くとボイスレコーダーの記録が4時間を超えていた。
 電話が鳴る。前回の帰国時に見送って下さった女性の退院の知らせだった。急ぎ向かい、満面の笑みを浮かべる彼女と再会し胸を撫でおろす。
 19:30、隣人宅に移動し今週末のイベントで皆が披露する伝統舞踊の練習の見学……のはずが「見学」では済まなかった。
 20:00、逃げるように近くのヒンドゥー寺院に向かう。母の47回目の命日を迎える女性のお祈りの最中だった。私の姿を見るなり『まだ卒業できないのか!』と笑う司祭。
 20:30、オフィスで月末のイベントで振る舞う料理の打ち合わせ。日本ならお餅をつく時期、今年は朝から深夜までバナナの葉に囲まれるようだ。「ぐうぅ……。」隣の人のお腹が鳴る。気づけば22時過ぎ。『ケンタッキーが安いのは木曜か〜、新しくできた屋台行ってみる〜?あ、昨日の残りが冷蔵庫にあったわ〜』。
 帰るとほっとしたのか急にお腹が空く。緊張しながら少しいただいたお昼っきりか。スマホケースに挟んだままの熊野寮の食券。どんなに願ってもこれがいま高野豆腐に変わることはない。
 あぁ今日も、締切の迫る論文の査読の対応ができなかった。スマホを充電する余力もなく布団に潜り込む。
 でも充電切れでアラームが鳴らなくても心配はない。
 明日私を起こすのは、近所のモスクの礼拝の呼びかけか、それともボール片手に突撃してくる子供たちか。いや、熊野寮で迎える朝のようにニワトリかもしれない。

高野豆腐

マレーシア語の発音の可愛さに魅せられ、早10年。直感で選んだ学部と院に続き、フィールドも初訪問でびびっときてから3年通い続ける。来年には博士号を取っているはず。好物の高野豆腐をカゴいっぱいに入れてレジの人を驚かせるのが好き。

シェアする
タイトルとURLをコピーしました