2年と少し前、入寮参考書類に「フルート」という言葉を記入した。たしか話によると、それを見て、当時C12にいたフルート吹きの方が、私をこの場所に招き入れてくれたらしい。不思議な縁である。
1回生の5月か6月、細かな時期は忘れたが、同期4人で机を囲んでだらだらと喋り続けたことがある。徐々に白んでいく空を見て、朝餉でも食べようと言ったのは誰だったか。
1回生の7月、談話室に全自動麻雀卓はまだ導入されていなかった。試験期間にも関わらず、自室まで聞こえてくる手づみの音を子守唄に、眠りについた。落ち着かない心をなだめてくれる音だった。
私は疲れるとすぐ自室に引きこもってしまう。しかしながら、この寮は自室で生活が完結してくれないから、完璧に引きこもりきることはできない。冷蔵庫を開けるにも、洗濯機を回すにも、シャワーを浴びるにも、他の誰かがいる場に出て行かなければならない。
昼夜逆転してしまって、翌日の1限へ行くことが絶望的になってしまった夜も、わいわいと喫煙所で話している人が視界に入ってきて自然と心が落ち着いてしまう。きっと常にどこかで誰かが何かをしている。
2回生の夏、自室に引きこもっても癒えないほどに憔悴しきってしまった。大学と寮とを離れて実家に逃げ帰るという、その決断をするにもかなりの困難を要した。後押ししてくれたのは優しくて頼りになる上回生と友人だった。
3回生の春には復学し、寮にも戻ってきた。あのとき落ちるところまで落ちずに踏みとどまれたおかげで、今はほどほどに元気にしている。
C12に初めて足を踏み入れたときとは少しずつ雰囲気も変わってきている。大好きな先輩が卒寮しては、初めましての人が入ってくる。同期との関係性も変化していく。ある同期とは2年以上たってようやく仲良くなれた。そのことを心から嬉しく思っている。
今日も私はこの場所でご飯を食べて、シャワーを浴びて、布団に入って眠る。明日も私はこの場所で目をさます。